Favorite Banana Indians

Mail

CAT MOON

ホーム>レビュー>CAT MOON

CAT MOON(The POWER PROJECT クーデター)

~観劇日・劇場

2003年11月24日 王子小劇場

~作・演出・出演

  • 作・演出/伝之城龍之介
  • 出演/神野さおり・上田剛・高橋大二郎・ひでよ・三浦彩花・HirokaDenzy・REI・佐伯英美・佐倉卯月・まのり・みむらえいこ(フェイムステージ)

感想

ハートハートハートハートハート

CAT MOON(The POWER PROJECT クーデター)2003年最後のT-PPCである。チラシに書いてある言葉「気づいたら、私はネコでした」を読んだ時、僕は勝手に四季の「CATS」のようなものを想像していた。正直な話、僕はどうもあの手の「被り物」系が苦手である。もともとT-PPCはファンタジーが売りなので、「T-PPCよ、お前もか」と思いながらこわごわ行ってみた。
 今回も開演前からのお楽しみ企画があり、高橋、上田のパフォーマンス、そして佐伯のダンスが行われていた。それぞれの個性を生かした楽しいもので、相変わらずの旺盛なエンターテインメント精神の片鱗が垣間見られる。
 ストーリーおよび舞台設定は、これまでのT-PPCワールドを踏襲しつつ、しかし微妙に違っていた。主人公の五月(神野)は美容師。しかし、恋に落ちた客である男性に妻子がいたと知り、ショックで鋏が持てなくなった。寂しさを紛らわせるために夜ごと違う男と寝る日々にも疲れ、ついにビルの屋上から身を躍らせる。しかし、その途中で五月の体は何故か猫に変身してしまうのだった。何が何だか分からぬまま、ひょんなことから猫のジョルジュ(上田)とアルファロメオ(ひでよ)に出会った五月は、猫の改革派のボス・キング(高橋)のもとで暮らすことになる。猫同士の情報のメッセンジャー役であるジョルジュと一緒に街を走り回りながら、五月は猫の目線から見た街に驚き、犬のビバルディ(REI)達と競り合いながらデパート食品売り場の魚を盗み取ったり、保守派のノラ(REI/2役)の酒場でナグサ(佐倉)達との乱闘騒ぎに巻き込まれたりしながら、徐々に生きているという実感を取り戻していく。キングには「いつかここではない何処かで、「ヒト」(=猫)の楽園を作りたい」という夢があった。そのことでジョルジはキングと対立する。しかし、保守派のルドルの妻が人間の大邸宅に捉えられていると知ったキングは、五月やアルファロメオ、そしてルドルの娘・ニーナ(三浦)とともに決死の救出作戦を敢行するが…
 泣かせ所のいっぱいあるお話である。猫の世界を通して、愛・友情・裏切り等、定番とも言える場面を満載しているが、T-PPCの個性的な役者陣と、いつもの如くダイナミックに動く道具等で飽きさずに見せてしまうのはさすがである。特に、五月の落下シーンや猫達のダイナミックな動きを表現するために、王子小劇場のタッパを効果的に生かしてロープを使ったのには驚いた。また、人間との戦いを影絵の手法で表現したり、2つの大きな階段を動かすことで様々な場面のセットにしてしまったりするアイディアも面白い。
 しかし、今回の芝居の最も評価すべき点はその戯曲の構造である。これまで僕が見たT-PPCの芝居は全て無国籍で、それ自体がまさに一つの「世界」を形作っていた。つまり、僕達の現実世界と全く関わりない場所で展開される物語で、それこそが「ファンタジー」の王道といえるかも知れない。が、それ故にその世界に入り込みにくいという面があったことも事実だ。けれど、「CAT MOON」においては、まず主人公が今の日本にいる、普通にいそうな女性に設定されていることで、見ている人が主人公に感情移入しやすく、そのことで物語世界に入って行きやすくなっている。さらに、主人公の人間としての心の声を(生の独白という形をとらずに)常に聞かせることで、猫達の物語世界を俯瞰する(相対化する)視点を導入し、現実世界との繋がりを確保しておくという構造になっている。この構造が、例えば五月の父親が五月の飛び降りたビルの下で花手向けながら娘に詫びるシーンで、五月が変わった猫に父親が語りかけるという邂逅の構図を浮き上がらせる効果を発揮する等、随所に生かされているのだ。
 役者陣はいつもながらにパワフル。よく叫び、よく走り回る小動物のような愛らしさを全編に振りまいたアルファロメオのひでよや、3役を時にコミカルに、時に迫力を持って演じ分けたREI、前作の渋さから一転、ワイルドなキャラを力強く演じた高橋、一本気で素朴なジョルジュを自然体で演じた上田など、全員がそれぞれ魅力的にT-PPCワールドに生気を与えていた。その中で、五月役の神野は、いつもの勝ち気で元気な女の子像とは違い、心に傷を持つ女の陰の部分をうまく表現した。内面の声の時にはそのハスキーヴォイスが生かされていたし、全体的に存在感が際立つ説得力のある演技で新境地を開いた。これは彼女の当たり役だと言っていいだろう。その他、「保守派」の造形を「エリート集団」にしたのも面白く、殺陣こそあるものの、どことなく優等生の佇まいを見せる佐倉が新鮮だったし、まのりの初舞台とは思えない品のあるとぼけた味が印象的だった。
 ファンタジーは、現実世界からの逃避ではなく、現実世界との繋がりを持っていると深みが増し、見る者をよりよく癒してくれるものである。その意味で、「CAT MOON」でT-PPCのファンタジーは確実に一段階進化/深化したと言えよう。次は一体どんなT-PPCワールドを見せてくれるのか、今後がますます楽しみになってきた。