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どぶ MICHIKO RONDON

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どぶ MICHIKO RONDON(展開回路)

~観劇日・劇場

2003年1月13日 劇場MOMO

~作・演出・出演

  • 作・演出/今井延明・重高紀雄
  • 出演/今井延明・重高紀雄 出演/澤純・島田雅之・三橋優子・横舘靖郎・高澤靖宏・中島広隆・太田大輔・吉田育代・山下愛美・川井ムッシュ・澤さつき・重高紀雄

感想

ハートハートハートハートハート

どぶ MICHIKO RONDON展開回路の芝居を見るのは、銀座小劇場のマイラーズシアターに一緒に参加した時以来なので、かれこれ4年半ぶりとなる。その間も着実に公演を重ね、観客動員も徐々に伸ばしつつあるようだ。また、劇団内別ユニットの活動等もあり、結構腰を据えてやっているという感じだ。ここ数年足が遠のいていたのは、「スーパーシュール・ポップ」と一時期言われていたように、所謂「お笑い」的な流れと、一見シュールで観念的な世界が同居すす独特のアクの強い雰囲気にどうしても馴染めなかったからであった。それが今回、これまで殆どの公演で脚本を手がけていた演出で主宰の今井の作品ではなく、それまで役者だった重高の脚本を上演するという。どんな風に変わっているのか、それとも変わらないのか、それを確かめるために劇場に向かった。
 久々に見る展開回路の芝居は意外な程ストレートだった。第2次大戦前夜の日本が舞台というところにまず驚かされる。庶民の等身大の暮らしや心情を活写した小説「どぶ」で、若くして名声を得た小説・鬼澤(澤)は、それ以降全く小説が書けなくなっていた。彼の作品を担保に高利貸し(横舘)から金を借りているおもしろ出版社長(高澤)は、何とかエロ炸裂の新作を書かせようとして鬼澤をキャバレーに誘ったりしている。そんな鬼澤を、大日本婦人協会の女性(吉田)が低俗小説を書き風紀を乱すとして付け狙っていた。一方、芥川賞作家・山崎(太田)を抱える岩波書店の文芸部長(中島)と編集部員(山下)は、鬼澤に移籍金を払い、岩波から鬼澤の新作を出版しようとしていた。プレッシャーのかかる鬼澤の下に、ある日書生にしてくれと栗原侯爵の子息・牧夫(島田)が訪ねてくる。牧夫は、鬼澤が連絡先を教えていたホステス・春ちゃん(三橋)と同棲していたのだ。最初は拒んだ鬼澤だったが、牧夫の熱意に負けて結局書生にすることになる。その牧夫から、「どぶ」に描かれているのは母親のことではないかと言われた鬼澤は、書きかけの小説を捨てて、自分と母親の過去を描いた長編小説の執筆を開始する。それは、鬼澤がかつて実際に犯した母殺しの物語だった。同じ頃、牧夫にも建設会社令嬢との政略結婚話が持ち上がる。そして、新作「どぶMICHIKORONDON」の完成の日、鬼澤は逮捕され、故郷の広島の刑務所に収監される。そしてその刑期の最中、鬼澤の頭上で原爆が炸裂する。
 世の中が「日本」という大きな物語に飲み込まれようとしている時代に、敢えて「日本人」ではなく「人間」を描こうとした鬼澤という人物を主人公にしたこの芝居は、ある意味で現在の世相に対するアンチテーゼである。しかし、高澤ら狂言回しを周囲に配置したり、牧夫と春ちゃんの「悲恋」物語を絡めたり、歌を入れたりと、今井・重高コンビはテーマが全面に出て芝居自体が重くなるのを周到に避けている。その分戦前・戦中を覆っていた世相の暗さ=鬼澤にかかっていたプレッシャーの強さが消されるうらみはあるけれど、全体としては無理のない脚本だと思う。
 役者は、鬼澤の澤をはじめ、脇の一人一人に至るまでみな安定して達者な演技である。個人的には、微妙な恋人関係を演じた島田と三橋の2人が印象に残った。また、展開初期からのメンバーである吉田の、独特の発声と吹っ切れたような演技も捨てがたいものがあった。
 この芝居の要である鬼澤の思想は、そのまま展開回路の創作の根底にあるポリシーを示唆しているのではないかと思われる。その意味で、照れ屋の今井は決して認めはしないだろうが、この芝居は展開回路のある種の決意表明なのであろう。今後の活動に注目していきたい。