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「I」ーあなたの「幸せ」何ですか?

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「I」ーあなたの「幸せ」何ですか?

~観劇日・劇場

2008年10月18日 BABACHOPシアター

~作・演出・出演

  • 監督・脚本/にわかとも
  • 出演/窪田智美・加治屋司・南佳那・杉田有司・吉成悠里・じょん

感想

ハートハートハートハートハート

「I」ーあなたの「幸せ」何ですか?これは舞台ではなく自主制作映画である。
 昨年(2006年)12月のFBI公演で出ずっぱりの主役を演じてくれたへちゃこと窪田さんの初監督作品である。

 朋之(加治屋)は両親を亡くした身の上。りん(吉成)と同棲しながらレンタルビデオ屋でバイトしている。バイト仲間の康介(杉田)が、同じ店でバイトしている蒼一(じょん)がこのところ姿を見せないことを心配し、一緒に様子を見に行ってみようという。
 気が進まない朋之だったが、結局2人で蒼一の家を訪ねることにする。
 家に着いてみると鍵は開いており、中から異臭がした。2人が確認のために中に入ってみると、奥の部屋の布団の中で、蒼一と一人の女が倒れていた。
 机の上には大量の薬が残されている。朋之が確認すると、蒼一は死んでいたが女にはまだ息があった。すぐに救急車が呼ばれる。
 女は蒼一の妹の藍。意識を取り戻すとすぐに兄の後を追って自殺を図ろうとする。様子を見に来ていた康介の彼女の由子(南)が辛うじて止める。
 身寄りのない藍のために、朋之と康介、そして由子が交代で面倒を見ることになった。が、朋之は藍に惹かれ、「もうお前は必要ない」と冷たくりんに別れを言い渡して藍の元で暮らすことになる。
 無表情でお粥すら口にせず、排泄処理も出来ず、すぐに「お兄ちゃん」と叫んで死のうとするなど奇怪な行動をとる藍を、朋之はひたすら献身的に看病し、「俺が守る」と言って抱きしめる。
 実は藍は引きこもりで、その原因は両親が事故死したことだった。藍にとっては兄である蒼一といることが唯一の幸せで、いつも蒼一の帰宅を心待ちにしていたのだ。
 自分を看病しているのが兄だと錯覚している藍に、朋之は何とか自分のことを認識させようとする。そしてあるとき、藍は「とも」と呼びかける。朋之は喜びを爆発させる。藍のそばにいることが、朋之の幸せになっていたのだった。
 しかし、朋之の留守中に、朋之に捨てられたりんが、刃物を持って藍の家を訪れ、藍に刃物を渡し、「お兄ちゃんは死んだのよ。」と語りかける。
 朋之が帰宅すると、藍は自らを刃物で斬りつけていた。地だまりの中に倒れている藍を抱き起こし、必死に揺さぶる朋之。その腕の中で「お兄ちゃん」と呟いて、藍は息を引き取るのだった。

 それぞれの幸せが行き違って悲劇が起こる。痛い物語である。
 冒頭のシーンで、ダーツの的に朋之が刃物を投げているが、その刃物が藍を死に至らしめる凶器になるのは皮肉だ。また、加司屋演じる朋之はその刃物で自らの手を傷付けたりしている。細部までよく考えられた設定である。
 時折挿入される窪田の目や無表情のアップが印象的だ。窪田は鬼気迫る演技で不抜けた狂女をよく表現。兄といるときの明るい部分とをよく演じ分けた。
 もう一方の主役である加治屋は、何を考えているのか他人には分かりづらい男を好演。その男が夢中になって藍を求めるシーンが、朋之の心の傷の深さ、寂しさを確実に伝えてくれた。
 藍が初めて「とも」と口にしたときが、一瞬2人の幻のような幸せが重なる瞬間である。このあたりはぐっとくる演出である。
 また、全体的に暗い調子の物語の中で、唯一康介を演じた杉田の「軽さ」がいいアクセントになっている。

 ただ、全体的に言えることは、台詞がどうしても舞台調になってしまっていること。役者がもう少し細やかなニュアンスを醸し出せれば、もっと切ない物語になっていたと思う。

 僕は映画をそれほど見ないので、カット割が適切かどうかなどは判断できないが、分かりやすく、胸に突き刺さってくるような、エモーショナルな出来映えだったと思う。初監督作品としては上出来ではないだろうか。
 役者として忙しい窪田が今後再び映像作品を作ることがあるかどうかは分からないが、この経験は役者としての窪田にとっても貴重な芸の肥やしとなろう。
 是非また新しい物語を撮ってほしいと僕は願っている。