2009年4月28日 原宿クエストホール
イッセー尾形といえば、今やある意味「世界的」な俳優の1人である。
僕はこの人の舞台を、テレビで放映されたものを何回か見た。
その時から、「この人は凄い」と思っていた。
一度ナマでその舞台を見たいと思っていたのだが、なかなかチケットがとれなかった。その作品の性質上、そんなに大ホールでやるわけにもいかないのだが、やはり人気はあるのですぐにいっぱいになってしまうのだ。
それが今回、どういうわけかとれてしまった。これは行くしかないだろう、といそいそと劇場に向かった。
普通この規模の劇場なら、全席指定ということもあって30分前に開場するのが普通なのだが、この舞台に限っては60分前の開場だった。
何故こんなに早く明けるのだろうと?マークを頭の中に浮かべながら会場に着いてみると、僕の疑問は氷解した。
何とさほど広くはないロビーで、お客さんが思い思いの場所に座って飲食をしているのである。
ここでは「フリードリンク・フリーフード制」になっていて、コーヒー・紅茶・ウーロン茶や緑茶をはじめ、ウイスキー、カクテル、冷酒が飲み放題。そして、サンドイッチ、おにぎり、おつまみなどの軽食が食べ放題である。
それだけではない。ロビーの一角にちょとした寝台が設けられていて、2人のマッサージ師がマッサージをしていた。こちらは開演前3人、終演後2人の定員制だが、これも無料である。
凄いサービス精神に驚きつつ、僕もサンドイッチとコーヒーで腹ごしらえをして劇場に入った。
ご存じの通り、イッセー尾形の舞台は、何人かの人物のエピソードを、1人で演じる形態である。
笑わせる箇所はたくさんあるが、これはコントではない。
別の言い方をすればイッセー尾形は「お笑い芸人」ではない。
列記とした「役者」である。
目的は「笑わせること」ではなく、その人物をできるだけ細部にわたってリアルに。しかしときには誇張させながら描くのである。
それが結果的に笑いに結びついているのだ。
やっているイッセー尾形は真剣そのものである。
その意味で、キャラクターで笑いを取ったり、誰か(もしくは何か・何らかの現象)に突っ込みを入れることで笑いを取る今時の「似非」お笑い芸人とは、まさに似て非なるものだ。
パンフレットにタイトルがないので、一つ一つの話(敢えて「ネタ」とは言わない)を紹介できないが、その作り込みの巧みさと、エネルギーの凄さ、そして完成度は、もはや「職人芸」の域に達していた。
1人芝居なので、当然着替えが必要なのだが、それをもテンポよく見せてしまうのがイッセーの舞台の特徴でもある。
単に衣装を替えたり、カツラを被ったりするだけで、まるで次々といろいろな人間に「脱皮」しつつ変化していくかのようだ。
女性を演じる話が2話あったが、片方は「水商売」のママさん系、もう1人は高級住宅街から夜逃げ同然に引っ越してしまった主婦を演じる。同じ人がやっているのにその仕草や喋り方は全く異なり、どちらも「ああ、いるいる」と思わせるのだ。
また、年齢も、最初の話で「大工は燃える家を建てなければならない」という独特の哲学を持ったヨイヨイの大工の棟梁を演じたかと思えば、別のシーンではフォーマルな言葉を上手く使えない最近の若手マザコン会社員を演じる。また別のシーンでは妻に逃げられて酒浸りの子だくさんのオヤジを演じる。
小道具や衣装、カツラの助けを借りているとはいえ、よくもまあこれだけのバリエーションを演じ分けるものだ。まさに、年齢も性別も不詳である。
もはや「イッセー尾形」という俳優はそこにはいない。いるのは、彼が造形した「人物」その人である。
僕はこの人の歌ネタが好きだが、最後の話がそれだった。
新橋の街角で、ラジオの生放送をしている売れない歌手が、「あなたにとって昭和とは」という質問に対してどうでもいいエピソードを語る通行人のさばき方に苦労しながら、「こんな歌があったかも知れない昭和歌謡」というタイトルで、おかしな歌を披露する。
トークと歌のギャップが絶妙で、これはもうこの人にしかできないキャラである。
それぞれの話も巧みに作り込まれており、ワンシチュエーションの中に、それぞれの人物の周囲との関係と、「これからの生活」に対する思いが込められている。
さりげない毒や皮肉があったり、またちょっとホロッとさせられたり苦みがきいていたカリカチュアライズされていたりと、見ていて飽きることがない。
また、そこに人間の持つ普遍的なそこはかとない可笑しさ、悲しさ等が表現されている。
そこが、何でもいいから「笑わせること」だけを目的とした底の浅い最近のコントとは一線を画す由来であろう。
2時間以上の舞台だが、1人でこれだけ見せられる役者は、日本にも、世界にも、そうそういないだろう。
舞台だけでも十二分に満足したが、驚いたのは終演後である。
何と、ロビーにイッセー尾形本人が出てきて、サイン会を始めたのである。
また、お客さん一人一人と写真に収まったり握手をしたり、本当にこの人のサービス精神には限りがない。
まったく頭の下がる思いである。
勿論、僕もDVDにサインをしてもらい、握手と写メのサービスもしてもらった。
これはDVDなどの2次媒体で見るのは勿体ない。
まだ一度も生で見たことがない方は、絶対に人生損をしている。
チケットは取りにくいが、演劇ファンならずとも一生に一度は必ず見ておく価値がある、とにかく絶品の舞台であり、「芸」である。
因みに、マッサージしていた人に伺ったところ、外で聞いていると、毎日少しずつ台詞が違い、しかもだんだん舞台が長くなる傾向にあるそうだ。
公演期間が長い場合は、後半に行くことをお薦めする。