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The Kiss of an Invisible Man~透明人間の蒸気(ゆげ)~

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The Kiss of an Invisible Man~透明人間の蒸気(ゆげ)~ (サードステージ)

~観劇日・劇場

2002年11月30日 青山劇場

~作・演出・出演

  • 作/野田秀樹
  • 演出/岡村俊一
  • 出演/筧利夫・小西真奈美・村上信五・宮本裕子・康喜弼・武田義晴・中本美奈奈・鶴水瑠衣・青木隆敏・松澤一之 他

感想

ハートハートハートハートハート

The Kiss of an Invisible Man元は野田秀樹率いる夢の遊民社の後期作品。確か最後のオリジナル作品だったと思う(解散公演は再演ものだった)。「20世紀の肉体」を求める華岡軍医らに捕まり、ひょんなことから透明人間にされてしまった結婚詐欺師・透アキラと、鳥取砂丘で土産物屋を営むサリババとともに暮らす盲目の少女・ヘレン・ケラの恋愛物語が軸だが、そこに日本神話の世界が絡み、王権論=天皇論も展開される。言葉遊びもあちこちに散りばめられた、懐かしの遊民社テイストの舞台だ。
 透役は元第三舞台の筧利夫。3年ぶりの舞台だというが、体の切れも笑いの取り方、速射砲のような台詞、そして決め方に至るまで、全くカンを失っていなかった。コミカルでかつかっこいい演技スタイルは、いい加減さと純情さが同居する今回の役にピッタリだ。
 ケラ役の小西真奈美は、僕は実は初めて見た。映像出身のアイドルというイメージだったが、実はつかこうへい劇団の出身の舞台女優である。大舞台での動きも堂に入ったもので、若干線の細さは感じられたものの、思っていたよりずっとよかった。特に透と2人のシーンや、帰ってこないかも知れない透をへの思いを語るモノローグなどは、ストレートに胸を打つなかなかの表現力だった。
 2人の役は、初演は段田安則と竹下明子が演じていたが、今回の2人の方が圧倒的に華があった。そして、ロミオとジュリエットが下敷きの一つになっている本作においては、主人公2人に必要とされるのはまさにその「華」なのだと思った。
 脇役は、関西ジャニーズの村上信五をはじめとして、なかなかの奮闘ぶりで楽しめた。特にサリババの青木隆敏は、初演に野田さん本人が演じた役というプレッシャーを一心に浴びながら、それをはね除ける捨て身のパワーで演じているところに好感が持てた(勿論、若さは感じたけれど)。
 今回の演出(岡村俊一)は、冒険をするというより往年の‘野田ワールド’の再現と拡張の方を選択したようだ。スピーディな動きの台詞まわしは野田さん本人の演出と見まがうばかりだったし、青山劇場の設備と映像効果を十二分に生かして、例えば透が透明人間になるシーンなどはちょっとした「SFX」という感じだった。そのほかにも歌や踊り・宙乗りまで入って派手なエンターテインメント作品に仕上がっていた。それがかえって最近の野田さんの、客の想像力に多くを委ねるシンプルな感じの演出との距離感を際だたせる結果になった。いい悪いという問題ではなく、これはなかなかに興味深いものだった。
 初演がもう結構前になり、「20世紀末」という設定が古くなったと懸念したからか、これは今から18000年後の古代博覧会会場で上演された古典劇であるという枠組みを示すオープニングシーンが加えられていたけど、それは全く余計なことである。たとえ設定が同時代性を失っても、そしてどの時代の役者によって上演されても、この作品はもっと普遍的なことを確実に観客に伝える力を持っている。パンフレットの中で野田さんは「役者スタッフの皆さん、死んだ作家の芝居をやるつもりで、もうどうにでもしてください」というコメントを寄せているが、おそらく野田さんの没後もこの作品は生き続けるだろう。
 この作品に限らず、野田戯曲は作者の死後も時代を超えて生き残り、まさにシェイクスピアのような古典劇として演じられ、多くの人にインパクトを与え続けるだろう。今回の舞台で僕にとって一番印象的だったのは、それを確認できたことであった。