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セ氏の妖女

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セ氏の妖女(零式)

~観劇日・劇場

2003年1月11日 駒場アゴラ劇場

~作・演出・出演

  • 作/新井哲
  • 演出/タイチ(静かの海)
  • 出演/日栄洋祐・加藤めぐみ・中山玲・黒田佳子・本多英一郎・西巻直人 他

感想

ハートハートハートハートハート

セ氏の妖女4年半ほど前、「Sweet Dreams」という芝居で、当時サッカリンサーカスの役者だった新井君にワンシーンだけ出演してもらった。その時は別の舞台の稽古と掛け持ちで時間が限られていたのだが、彼は非常に熱心に、そして生真面目に稽古に取り組んでいたのが印象的だった。そんな彼の脚本家としての顔を僕は全く知らない。一体どんな言葉を書くのだろうかと興味津々で僕はアゴラに出かけた。小劇場に出入りして15年くらい経ったが、この劇場は存在は知っていたが来るのは初めてである。なかなかトラディショナルな小劇場の趣があった。
 芝居の方は、ちょっと不思議な肌触りだった。いつ、どこかはよく分からないが、冬に閉ざされた北の国が舞台である。その国のある薬屋夫婦(日栄・加藤)は、木枠にビニールを張った小さな箱の中で薬草を育てている。その薬草の白い花を処方されているのが、小高い丘の上の小さな部屋に1人で住み、ひたすら読書をし続けている女(黒田)。咳き込んで血を吐いたりしているが、薬屋はただの風邪だという。女は赤い花を欲しがるが、何故か薬屋の主人は渡そうとしない。薬屋の妻は戦争に酷く怯えていて、遠くから聞こえてくる砲弾の音や爆発音に敏感に反応する。夫は「ただの山鳴りだ」と妻に言い聞かせる。そんな時、薬屋の元を盲目の傷付いた兵士が訪れる。彼は雪女に追われているからかくまって欲しいと薬屋に頼む。彼の手には召集令状が握られていたが、日付も場所も終わった筈の戦争のもの、宛名は「セ氏」、そして最後にキスマークという妙なものだった。男はそれは薬屋にしか来ない召集令状だと告げる。主人は取り合わず、怯える妻のために男を玄関先の荷物入れの中に閉じこめてしまう。しかし、次の夜、主人の下に同じ召集令状が届けられる。何かに誘われるように主人は軍服を着、銃を持って家を出る。そして向かったところはあの女の家。そして、そこに待っていたのはあの女ではなく、雪女だった。雪女は、自分に触って体温を移して欲しいと頼む。そのことで彼女は人間になりたいと願っていたのだ。薬屋は雪女の手に触れ、彼女のために薬草を摘みに吹雪の中を出かけるが、その留守に別の兵士が雪女を訪れ、彼女を抱く。それを知った薬屋は兵士を撃ち殺す。やがて戦争が終わり、自分の家に戻ってきた薬屋が見たものは、凍えきって雪女になってしまった自分の妻だった…。
 毒を持った赤い花と毒消しの白い花、吹雪と雪女、そして戦争。観客のイメージを喚起するにはもってこいのアイテムが揃っているこの脚本はなかなかに魅力的だ。薬屋の妻と読書をする女の関係や、雪女は読書の女の分身かも知れないと思わせるラストの2人の会話等、ミステリアスで、でもどこか即物的で捕らえどころのない世界が展開している。ただ、それをビジュアル化する部分が弱い。吹雪は音だけだし、花のインパクトも弱い。ラスト近く、雪女が「春が来ました」と兵士の屍や登場人物達に花をかけて歩く所なども、やりようによってはもっと印象的なシーンになっただろう。この不思議な感覚を視覚的により効果的に表現する手段を手にすれば、この劇団はさらに伸びるかも知れない。
 役者では、零式専属(?)の加藤が、線の太いはっきりした演技でインパクトがあった。日栄・本多も力強く、声がなかなか魅力的だ。雪女の中山は、もう少しミステリアスな色気のようなものを漂わせて欲しかった。
 最近とみに「身の丈」に合わせた日常を描く演劇や、コントと見紛うような舞台が隆盛を極めているが、こうした独特の物語世界を展開する劇団が活動していることは、僕としては嬉しい。新井君と零式にはエールを送りたいと思う。