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贋作 罪と罰

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贋作 罪と罰(NODA MAP)

~観劇日・劇場

2006年1月10日 シアターコクーン

~作・演出・出演

  • 作・演出/野田秀樹
  • 出演/松たか子・古田新太・段田安則・宇梶剛士・美波・マギー・右近健一・ 小松和重・進藤健太郎・村岡希美・中村まこと・野田秀樹

感想

ハートハートハートハートハート

贋作 罪と罰再演ものが続くNODA MAPだが、今回も再演である。ただしそれは、ことにNODA MAPになってからの野田作品が、時代が移ろっても作品が古くならないということの証左でもある。この作品の初演は95年で、その時は2階建てのセットを組んでいたように記憶している。しかし、今回のコクーンの中程に、前後の客席に挟まれて島のように作られた円形の平舞台。舞台の下は役者の「待機場」のようになっていて、上演中も舞台に出ていない役者は、そこに座って舞台を見ている構図だ。これは『半神』の舞台に近い。
 今回は舞台に出ていない役者は‘効果音’を出すことになっている。最近の野田演出に見られるが、いろいろなものを使ってドアの開く音、ものがぶつかる音。はては撲殺の音まで出していく。音響のスピーカーから聞こえてくる作られた効果音より、生音は当然生々しさがあり、より本物のように感じてしまうから不思議だ。
 お話は、ドストエフスキーの『罪と罰』を幕末に翻案したものとなっている。江戸開成所の貧しい塾生の三条英(松)は、仲間達と国の将来などを論じながらも、金貸しの老婆・おみつ(野田)から金を借りて生計を立てている。「生きる価値のない人間は殺してもいい」と公言していた英は、ある日、おみつの元を訪れ、その殺人を実行する。翌日、別件で警察に呼び出された英は、別室でおみつ殺しの容疑者が取り調べられている声を偶然耳にして、激しく動揺し、失神する。それを見た目付の都(段田)は、英に疑念を抱く。英を介抱した同じ塾生の才谷(古田)は、英に江戸に坂本龍馬が潜伏していると話し、自分は倒幕のために動くつもりだと告げる。そんな才谷を坂本龍馬だと信じて金銭面での援助をしようと持ちかけたのは、大地主の溜水(宇梶)。彼は、金の力で英の妹・智(美波)を嫁にしようとしていた。英の母・清(野田・二役)はこの話を進めるが、英は猛反対する。才谷は勤王の志士たちに近付き、倒幕の計画を煽動するが、実はその情報を都にも売っていた。そんな折、名誉の殉職をしたと聞かされていた英の父・闇太左右衛門(中村)がしがない殺し屋として戻ってくる。ひょんなことから勤王の志士達のシンボルに担ぎ出された闇太左右衛門は、志士達から龍馬を暗殺しろと迫られる。そして、おみつ殺害事件の確証を掴んだ都は、次第に英を追いつめていく。
 英は初演では大竹しのぶが演じた。今回の松は一言で言えばすっきりとした印象。所謂「書生」的な雰囲気は松の方が出ている。「理想」を頭で信じ、それが崩れていくときの感じや、追い詰められるときの緊迫感はなかなかのものだ。ただ、最後に才谷と抱き合うシーンが、少し淡泊だったかなと思う。これは才谷にひかれていく過程をうまく見せ切れていないからか、もともと「女が前面に出る役ではない上に、松自身がそういうキャラクターではないためだと思われる。これはラストシーンの悲しさに直接通じるものだけに、そこは惜しいと思った。
 相手役の才谷(実は坂本龍馬)の古田は、さすがにうまい。コミカルなシーンからシリアスな独白まで、さすがといえる存在感だ。ただ、これは好みの問題だが、僕には初演の筧利夫の方がそれらしく見えた。確かに古田は絵になるが、どうも主役のポジションでは食い足りない印象があるのだ。この人は、ナンバーツーのあたりで動き回り、舞台をかき回しつつしめるところはしめるというポジションの方が合っていると思う。「怪演」という風にならず、まとまってしまったところが惜しい。
 都役の段田は、さすが遊民社時代からの野田作品との付き合いだと思わせるはまりぶり。初演では生瀬勝久がいかにも曲者っぽく演じていた役だ。段田は前半はさらりと、そして後半の英を追い詰めていくところでは言葉に迫力を込めて、という具合に演じ分けた。人の良さそうなキャラが多い段田だからこその効果と言うべきか。
 この三人が目をひく作りになっているため、他の人物がなかなか強い印象に残りにくかったのは否めない。溜水役の宇梶などはもっと癖が強い造形にしてもよかったような気もする。智の美波は、松と対照的な‘健気’で古風な女性の雰囲気は出ていた。勿論、よく見れば役はみんな個性的だし、演じる役者もみんな凄腕揃いなので、単なるアンサンブルになっているというわけではないが。野田が、見栄と世間体の固まりである清を生き生きと演じて ‘卑怯’なのはいつも通りである。
 それにしても、この作品は実に奥が深い。「理想」のために罪を犯してもよいかというメインテーマの他に、様々なテーマが折り込まれ、その全てが普遍的だ。また、「大川の風景と川風が頬をなでる感触」が台詞に折り込まれるところや、終盤のシーンの雪など、情緒もたっぷりだ。野田の演出も、先に述べた点の他に、凶行のシーンでは舞台を白い幕で両側から覆って客席からは見えなくしたり、その白い幕が舞台を覆うとそれが雪になったりと、相変わらず達者だ。
 幕末の話だからといって、世界観や演出が過度に和風に傾いていないのがよい。同じ「贋作」でも『桜の森…』よりも作りはシンプルで、なおかつ力強い。派手な作品ではないが、僕としては再再演を切望する。