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杏仁豆腐のココロ

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杏仁豆腐のココロ(海のサーカス)

~観劇日・劇場

2002年12月5日 ザ・スズナリ

~作・演出・出演

  • 作・演出/鄭義信
  • 出演/佳梯かこ・宇佐美亨

感想

ハートハートハートハートハート

杏仁豆腐のココロスズナリで芝居を見るのは何年ぶりだろうか。しかも佳梯かこを舞台で見るのはもっと久し振りのような気がする。今回はずっと前から狙っていたわけではなく、本当に思い立ったという感じの観劇だった。クリスマスネタで、しかも2人芝居というところに惹かれたのである。
 クリスマスイブだというのに、別れる寸前の夫婦の一夜という設定だ。妻はずぼらで家のことは殆ど何もしないちんどん屋の跡継ぎ、夫は無職だが家事を甲斐甲斐しくこなす「主夫」である。もはやちんどん屋を廃業し、離婚届も出してしまい、お互いの荷物を片付けるだけという状態だ。
 片付けながらの何気ない会話で、些細なことでのお互いのすれ違いが明らかになる。が、さらに話を進めていくうちに、2人はお互い大切なことを相手に伝えていなかったことを知る、といったストーリーだ。
 佳梯はプロジェクトナビの北村想作品では、多くの場合男役を演じていた。だから中性的な少年のイメージが強かったのだが、今回はくたびれた中年女性の役だった。それでも独特の声の出し方と台詞回しの名残が残っていて、それが役のキャラクターに生かされていた。相手役の宇佐美は初めて見る役者だが、気弱で神経質な男性の感じを見事に表現していた。こういう「人生」が滲み出るような芝居は、ある程度の年齢を重ねた役者でなければできないものだと強く感じた。
 タイトルの「杏仁豆腐」は、夫がクリスマスケーキの代わりに近くのコンビニで買ってきたものだ。妻はケーキを頼んだのだが、2個で30円安くなるという理由で買ってきたという設定が、生活感に溢れていて可笑しく、そして哀しい。勿論それは、崩れやすい夫夫の関係や、傷付きやすい「ココロ」のメタファーでもある。
 夫が再就職できない理由は、勤めていた職場で上司から激しい虐めにあって心に傷を負ってしまったからだったり、妻がセックスを求めながらもできなかった理由は流産した時の心の傷が癒えていなかったためだったりと、あまりにも重い、そして痛い事実がこの期に及んで明らかになる。そして妻は、クリスマスソングが流れる中、段ボール箱を重ねて作ったクリスマスツリーに飾り付けた豆電球の明かりの下、最後に夫の腕に優しく抱きしめられる所でこの芝居は終わる。お互いの気持ちを伝えられなかったため、もう後戻りできなくなった2人が、漸くたどり着いた安らぎ。ほろ苦いラストである。
 ちんどん屋の小道具(ロバの顔の被り物)を使って悲しい告白をさせたり、女が女優志望だったという設定で、彼女のワンマンショーで語られる「三人姉妹」の台詞などが生かされて、芝居に独特のペーソスが感じられた。
 元々は名古屋で佳梯自身のプロデュースで上演され、名古屋芸術創造賞を受賞したという。クリスマスものとしては異色の派手さのない作品だが、見終わった後に余韻が残る不思議な魅力を持った舞台だったと思う。